冬枯れの季節に川の向こうの工業高校をぼんやりと眺めていれば、その学校でどんな考課があるか知らずとも、生徒たちの足並みに解放を感じることは容易い。僕の部屋からは、その工業高校を覆うほどの一本の巨木が窓いっぱいに映る。この部屋に住んで1年、初めて僕は黄色の巨木がまさに裸になる瞬間を目撃する。田舎の鉄塔のように孤独な存在を拵える巨木には服を脱がしてくれる人なんていないと思っていたのだけれども。
枯れ葉が舞い川を超えて1年越しで僕の窓にたどり着く前に、一羽のカラスが弓矢のように勢いよく屋根から木に向かう。カラスはそのまま上へ上へと螺旋階段を上るように旋回し、遂にはこの町で何よりも高い木の先端にたどり着く。先端を見つめると他にもカラスの姿があり、待ちくたびれた少女たちは連れ立って遠くの空へ駆け出していく。
舞う葉とカラスが交差する瞬間は、この季節に約束された永遠のような気持ちがする。1年の季節でおそらく一度だけ目にすることができるその交わりの摩擦が、澄んだ冬の空に広がり、僕の元までも届く。僕は来年もこの瞬間を待ち望む。
この町で最も高かった中野サンプラザというビルディングは再建設のため取り壊しになって、利権や資金の問題で紛糾している間に、そこは黒光りの商業施設になってしまった。ゼロになった時間が地面の底に沈殿している。この場所の時間をじっくり品定めしていた門番たちは、自分たちが記した記録を帳消にして、その藁半紙を差し出した。その上を歩くたびに子供たちは、過去の記録の上に立つ快感に溺れていく。新しさはいいだろう。時間を裏切ることで本当に大切なものが見つかるのだろうから。
しかし、今の僕に限って言えば、時間=約束の不履行をこれ以上積み重ねることはできない。債務超過の状態にある。正確に言えば、債務超過の状態が続き、見かねた朝廷が徳政令を出したのだ。
まあ、君の借金ははっきり言って膨れ上がりすぎて、僕らとしても主人がそんな状態じゃあ示しがつかないので、いったんここでリセットしてあげるから、またゼロから約束をしなさいと。
そんな僥倖に預かったからには、しっかりせねばっていうこともあるし、パノプティコン的な心の目もあるのだろうが、ともあれ時間=約束をして履行を待たないといけない。そういう僕が1年という時間=約束を信じた巨木を前に、向けられるのは羨望の眼差しだけである。しかし、今は時間=約束を待つ季節。新車のような、新居のような、新人のような、匂いがする。春の饗宴の前に密やかに誓うのだ。
黄色の落ち葉が風に乗って飛んでいくから小さな川になる。その小川はちょうど僕の窓のところまで水をもたらし、カラスは泳いで上流へと向かう。僕はその河口にて時間=約束が流れてくるのを待っていた。